2012年05月25日

ことばを、声として、音としてきく

posted by JIEL STAFF at 23:58 | Comment(0) | TrackBack(0) | 山岸 裕
先日、Tグループのトレーナートレーニングのグループの中で、きくことの練習って思って二つのことをしてみた
一つは、聴くことに集中するためにあえて、目をつむって、声だけ、話だけ聴くこと
もう一つは、声には出さず、心の中だけで、レスポンス、相手の言ったことばをそのまま繰り返すことをしてみた
心の中で、レスポンスしてると、けっこう忙しくて、聴いたことについて考えたりしにくから、かえって聴くことに集中できたかもしれない
また、目をつむって、視覚からの情報を入れないと、話が、より鮮明に、声として、音として、耳に響いた感じがした
そうやって、聴いてたら、目を開けても、耳がその聴き方をしているときの声の響きを拾っているように感じた
おもしろかった、とっても、新鮮だった
声は、後頭部によくひびいた、そして、そのとき、ぼくは耳や頭だけでなく、全身の毛穴でも聴いてたかもしれない、繊毛で
肌が声による空気の振動を感じて、共振して、毛穴から生えている体毛がなびいた(気がした)
毛穴できくは、気穴で聴くでもあるかもしれない、言葉以外のものを気としてキャッチするような感じで
音って、空気の振動だから、体で聴ける
和太鼓をきいてると、音は振動、バイブレーションってことを感じやすいけど、和太鼓とちがって、人の声を振動として感じようとすると、結構、微細な感覚がいるから、「いまここ」の音にしっかり体をしたしておかないと、音に体が開かれてない
とむずかしい気がする
音は、振動は、余韻はがあるのだけど、すぐに消えてしまうものだから、しっかり、「いまここ」に意識がいないとキャッチできない
だから、自然と、「いまここ」に自分がいるのか、いないのか、わかる気ような気がした
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