2012年10月03日

同感と共感

posted by JIEL STAFF at 09:33 | Comment(0) | TrackBack(0) | 山岸 裕
今日は、共感と同感の違いについて書いてみたいと思う。
ちょっと、前に、ある人に自分の苦しい感じをメールで吐露したときに、その人が、「うん、そういう感じわかるよ、私も昔そういう経験したことがあるから」とメールを返してくれた。
それを読んで、その人が、ぼくの感覚をその人なりにわかろうとしてくれたのは、よくわかったんだけど、どっかすっきりしないって感覚が残って、でも、それをその人には言えなかったってことがあった。そのすっきりしないっていうのは、なんか、どっか、本当にわかってくれたのかなっていうか、その気持ちを受けとめてもらえたような感じがしないという感覚だった。
いま思うと、その人がぼくに返してくれたのは、同感だったんだと思った。
同感は、ある人の感覚に対して、私も同じだよ、私も同じ感覚持ったことあるからわかるよってことなんだろうけど、同感を示す、伝えることによって、最初に出した人の感覚が、同感した人の感覚によって上塗りされて、なくなってしまうというか、薄くなってしまうことがある。
そもそも、本当に同じなのか?ひょっとしたら、同じだと思い込んだだけなのかもしれないし、もし、出された感覚と同じだって示された同感の感覚が、違っていると、最初に出された感覚が、同感によって、すり替えられてしまうような可能性すらある。
きつい表現をするならば、同感することによって、最初に感覚を出した人の存在を、かえって消し去ってしまう 、弱めてしまうことが起こるのではないか。
対して共感はどうか。
共感は、相手の感覚は自分とは違っているけども、自分にはわかっていないかもしれないけど、その人の感覚を安易に自分にはわかる、わかったとせずに、どこまでもわかろうと、ピタリと相手に寄り添って、決して上から重なって相手を自分と同化させて消してしまうことなく、相手は相手、自分は自分とした上で、相手に関心を示し、相手と共に感じようとする姿勢であって、相手の存在を弱めたり消したりするものではないかなって感じている。
今まで、共感と同感は、ぼくのなかでどう違うのか、正直、腑におちていなかったのだけど、二つは、同じようなもので、たいして違わないものとすら思っていたが、今日、はっきりと、共感と同感の違いは、とっても大きいということと、今まで自分が共感だと思ってしていたことが、実は同感だったってことに気がついた。
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