2015年05月18日

ひと手間かけても

posted by JIEL STAFF at 20:55 | Comment(0) | TrackBack(0) | 杉山 郁子
ここのところJIELスタッフのブログには、食べ物に関係する内容が続いている。
4月1日に一般社団法人となって初めての私のブログは、それに合わせて食べ物の話を書くことにする。

10日ほど前に夫と熊野と高野山に旅行した。今年は高野山が開創1200年ということで御開帳があり、一度は行ってみたいと思っていたので足を運ぶことにしたのです。

旅行はありがたい仏像などに接し、綺麗な景色も堪能できてなかなか良いものでした。今回はバス旅行だったので、移動の途中で何度かSAやドライブイン、道の駅などに立ち寄りました。高野山を後にして最初に立ち寄った紀ノ川のほとりの道の駅では、よくあることですが、地元の農産物の直売をやっていました。なかなか新鮮な野菜や果物、惣菜などが並んでいたのですが、その中で最も目についたのが筍。朝掘りの手ごろな大きさのものが6本。糠も付いている。でも重い。半月ほど前から旬の筍を食べたいと思いつつ、大きな鍋を出して自分で茹でて、糠の茹で汁や大量の皮などのごみを処理するのが嫌で我慢をしていたこともあり、しばしずっしりとした魅力的な筍を手に思案していた。そこに夫の「鞄に入るなら持ってあげるよ」という声が…。「うーん。」確かに私が躊躇している理由の一つはクリアできる。「父さんが茹でてくれる?」という声を飲み込んで、「美味しそうだよね。」

結局、筍の誘惑に負けて買って帰り、帰るやいなや鍋を出し筍を処理して茹で、翌朝には仕事前に皮をむき水につけて冷蔵庫に保存した。友人二人にもおすそ分けした。筍は期待を裏切らず、とても美味しく春を運んでくれた。友人からも「美味しかった」の声をいただき満足感も。息子たちが独立して夫と二人になってから、料理に手をかけること(もともと大したことはないが)を殆どしなくなっていた私に、ひと手間かけることがもたらしてくれる喜びを思い出させてくれることとなった。

時には旬の食材を美味しくいただく時間を大切にして、細やかな幸せを味わっていこう。

2015年04月19日

ひと手間かけても

posted by JIEL STAFF at 17:41 | Comment(0) | TrackBack(0) | 杉山 郁子
ここのところJIELスタッフのブログには、食べ物に関係する内容が続いている。
4月1日に一般社団法人となって初めての私のブログは、それに合わせて食べ物の話を書くことにする。

10日ほど前に夫と熊野と高野山に旅行した。今年は高野山が開創1200年ということで御開帳があり、一度は行ってみたいと思っていたので足を運ぶことにしたのです。

旅行はありがたい仏像などに接し、綺麗な景色も堪能できてなかなか良いものでした。今回はバス旅行だったので、移動の途中で何度かSAやドライブイン、道の駅などに立ち寄りました。高野山を後にして最初に立ち寄った紀ノ川のほとりの道の駅では、よくあることですが、地元の農産物の直売をやっていました。なかなか新鮮な野菜や果物、惣菜などが並んでいたのですが、その中で最も目についたのが筍。朝掘りの手ごろな大きさのものが6本。糠も付いている。でも重い。半月ほど前から旬の筍を食べたいと思いつつ、大きな鍋を出して自分で茹でて、糠の茹で汁や大量の皮などのごみを処理するのが嫌で我慢をしていたこともあり、しばしずっしりとした魅力的な筍を手に思案していた。そこに夫の「鞄に入るなら持ってあげるよ」という声が…。「うーん。」確かに私が躊躇している理由の一つはクリアできる。「父さんが茹でてくれる?」という声を飲み込んで、「美味しそうだよね。」

結局、筍の誘惑に負けて買って帰り、帰るやいなや鍋を出し筍を処理して茹で、翌朝には仕事前に皮をむき水につけて冷蔵庫に保存した。友人二人にもおすそ分けした。筍は期待を裏切らず、とても美味しく春を運んでくれた。友人からも「美味しかった」の声をいただき満足感も。息子たちが独立して夫と二人になってから、料理に手をかけること(もともと大したことはないが)を殆どしなくなっていた私に、ひと手間かけることがもたらしてくれる喜びを思い出させてくれることとなった。

時には旬の食材を美味しくいただく時間を大切にして、細やかな幸せを味わっていこう。

2015年03月18日

ワクワクする季節

posted by JIEL STAFF at 16:21 | Comment(0) | TrackBack(0) | 杉山 郁子
昨日から暖かく春めいた(いや初夏のような)気候になっている。
私は昨日、平和公園を歩いたのだが、もう梅は満開を超え、桜も蕾を大きくふくらませていた。
本格的な春も、もうそこまで近づいてきている。

四季の内で春ほど待ち焦がれられる季節はないように思う。
卒業・入学という大きな節目を迎える季節だからだろうか?
それとも寒い冬に耐えてきたからなのか?

春は何となくワクワクする季節でもある。
花が咲き、動きを潜めていた動物たちが動き出す。
新しいことが始まる力強い感じがある。

私もこれに乗っからなくちゃと思うのだが、今はまだ乗り切れていない。
まだ今年度の片づけに追われている感じが強い。

JIELは4月から新体制になり、バージョンアップしてスタートする。
それに乗り遅れないように、振り回されないように、私自身も新年度の準備を進めていきたい。
ワクワクという気持ちが春だけでなく1年中続くような、そんな場を提供できるJIELでいられるように頑張りたいと思う。

多くの素敵な出会いがありますように…

2015年02月18日

〇△?

posted by JIEL STAFF at 23:43 | Comment(0) | TrackBack(0) | 杉山 郁子
今月の始めは仕事の関係で4日間京都に滞在し、その内の2日間は昼間は京都を1人で楽しむことができた。
京都は多くの人がそうだと思うが何度も行ったことがある。
まだまだ足を運んだことのない名所・旧跡も多いのだが、どこに行こうか決めるのはなかなか難しい。初日の夕方京都駅に着くとまず京都観光案内に行き、めぼしい観光案内のパンフレットや冊子、地図などを手に入れた。その晩は仕事を終えてホテルに帰ると、明日からの京都めぐりの予定を考えた。ちょっとワクワクするような楽しい時間の中、まずはなぜか今まで行ったことのなかった二条城に行くことと大好きな三十三間堂には行くことにし、その他は「京都冬の旅」という企画で特別公開をしている寺院を巡ることにした。
これ以上の私の旅日記はさほど面白くもないので割愛するが、「京都冬の旅」で訪れた建仁寺の塔頭の1つで聞いた話を紹介したい。本来その寺院で企画として後悔していたのは、大きな仏像の中から見つかった胎内仏の毘沙門天であった。それはそれで見応えはあったのだが、ここでは説明のお姉さんがお勧めした東日本復興支援のトートバッグの図柄の説明について書きたいと思う。
それは○△□が何気なく少し重なった感じで描かれているものだった。建仁寺の当代管長の手によるもので、失礼ながらパッと見た感じは幼稚園児でも描けそうなものだった。でも、その話しを聞いてハッとさせられた。それは○は“私”△は“今”□は“ここ”を表わしているのだということだった。私達ラボラトリー方式の体験学習をする者にとって「今ここ」は非常に意味ある言葉で、色々な場面で使っている。ある意味、難しい言葉でもあるのだ。そのkeywordをこんなにシンプルに表している。うまく言葉にはできないが、私の中には真髄を見たような不思議な感覚が湧き上がった。
話しはここまでにします。あとは皆さんの感じを楽しんでください。
そして何か感じた人がいたら、一度お話をしましょう。

2014年12月19日

いざという時のために

posted by JIEL STAFF at 00:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 杉山 郁子
今日の名古屋は大変な雪でした。
20cm以上の積雪は都会の名古屋では滅多に味わえません。
天気予報でもここまでとは思っていなかったようで、気象予報士さんが謝っていました。

雪景色は綺麗なものですが、慣れない都会っ子は戸惑いが大きいものです。
雪でも安全に歩ける靴を持っている人も少ないでしょう。
我が夫は、どちらかというと用心深い人なので、今日の出勤はスノトレを履いていきました。
スキーにも行かなくなって久しいので、何年ぶりかの登場です。

交通機関もすぐに乱れてしまいます。
都市高速は閉鎖、セントレアもほとんど欠航になったようです。
もちろん市バスはほとんど遅れていましたし、運行を取りやめた路線もあったようです。
しかし、そんな状況の中でも真面目な日本人は、職場に向けて一歩ずつ歩みを進めていました。
私はラッキーにも今日は午前中に出かける予定がなかったので、雪景色を綺麗だと眺めていることができました。

ところで、私達は何年かに1回のことに、どのくらい備えておかないといけないのでしょうか?
断捨離では1年使わなかったものは処分するとも言います。
地震のために非常持ち出し袋を作り、雪のために安全な靴を用意し、水不足のためのバケツを仕舞い込み、自然災害以外のことでも病気や事故に備えて保険に入り、いざという時のために礼服や一張羅を用意しています。
その中には、手間などを考えたら馬鹿馬鹿しいようなこともあるように思います。

でも、私たちはその時困らないように準備しているのです。
これも勤勉で慎重な気質の日本人だからでしょうか。

ちょっと話は違いますが、今晩は南山大学吹奏楽団の定期演奏会でした。
少しゆっくり音楽でも楽しもうと出かけてきました。
彼らもまた、定期演奏会のために毎日練習をし続けていたのでしょう。

色々なことに対応できるように日々努力を重ねることも、非常事態や特別な時に柔軟に動けることも、どちらも人の大切な能力のように思います。
もうすぐ新年を迎えるこの時期に、自分はどのような日々を送りたいかを考えるのもいいかもしれません。

2014年11月20日

優柔不断

posted by JIEL STAFF at 17:12 | Comment(0) | TrackBack(0) | 杉山 郁子
11月も半ばを過ぎて、来年度の予定の話がよく出るようになりました。
私は非常勤講師でさまざまな所に伺っているので、この時期になると来年度の予定をパズルを埋めるように考えていかなければなりません。毎年声をかけていただいてありがたいことでもあるのですが、できる限りどこにも迷惑をかけないように予定を組むのも悩ましいことなのです。

先日少し時間が空いたので、手帳と日程を考えるためのスケジュール表を探しに行きました。
予定を考えるスケジュール表は数か月見渡せるものが良いので、3か月一覧になっているものを買い求めました。
でも、手帳が難しくて…
見開き1カ月で、14年12月から16年3月までのものが希望なのははっきりしているのですが、あとは気持ちがいろいろ動くのです。まずはデザインとボリューム。A5かB6サイズであまり厚くなく、ビニールカバー付きが希望なのですが、デザインは可愛いものかすっきりしたものか。色は暖色系それとも寒色系。1年間ずっと使うものだし嵩張らない方がいいけど、メモのページも欲しい。各都市の交通地図や年齢早見表、郵便料金等はあったら便利かな。印紙税額やヘルスチェックはいらないな。アドレス帳はいるかな。カレンダーは17年まであった方がいいな。などなど…
いくつも見ていると、もう頭はぐちゃぐちゃで、どれがいいのか全く決められない。
結局決められずに帰ってきてしまった。
あーあ、私って案外優柔不断。
まあ、12月になるまでには手に入れたいと思っているので、もう少しだけ迷ってみよう。

読んでくださっているあなた。
あなたはどのように決めていますか?
定番にしている人は、何を決めてにしたのだろう。
ある意味尊敬してしまいます。

2014年10月19日

感謝

posted by JIEL STAFF at 20:21 | Comment(0) | TrackBack(0) | 杉山 郁子
今、私は静岡からの帰りの新幹線の中にいる。

8月から続いていたファシリテーション研修の帰りだ。
この研修は、静岡県看護協会が主催で、静岡県内の看護師長さんや副師長さんを参加者として行われた。
初回は8月の始めに2泊3日の合宿で、「体験学習の学び方」や「コンテントとプロセス」「リダーシップ」などについて学び、またグループで学んでいく仲間づくりをするところから始まった。
看護師さんは基本的に真面目な人が多く、研修をすると実によく学んでくれる。
また、元気もよくパワフルによく動いてくれることが多い。
今回も始めからその様な雰囲気はあり、研修を進める私も大変気持ち良くいることができた。
合宿の終了時には、次に会うのが楽しみだと思うまでに関係が深まっていた。

次は9月の始めに1日だけの日程で、ファシリテーションとは何かを学んだ。
実際に役割を決めて、ファシリテーターを体験してもらう機会ももった。
合宿ではかなり親しくなり共に学んだ実感があっても、現場に帰って忙しいとひょっとして欠席の人も出るのではと心配していたが、誰一人休むことなく参加してくれた。
グループでは仲間同士の再会を喜び合い、この日も熱心に学びを進めてもらうことができた。
私の実感として、余計なことは言わなくても最低限のことを伝えれば、このメンバーは自ら学びを進めトライをしていってくれると感じていた。
この日は1日だけであったが、「最後は打ち上げをしようね」と約束して別れた。

そして最終回の昨日今日を迎えた。
今回は2日続きではあるが合宿ではなく、通いの形式をとった。しかし、静岡は東西に長く宿泊を余儀なくされるメンバーもいた。
その様な状態でも、また誰一人欠けることなく参加された。
朝9:00のスタートには全員がきっちり先に着き、誰もが旧友に会ったような喜びの表情で語り合っている姿を見るのは、本当に気持ちの良いものだった。
今回の研修では、全員がファシリテーター体験をするプログラムになっており、皆慣れない体験に緊張しながらも、それぞれがチャレンジをして、回を追うごとに気づきや学びを深めていった。
私自身はほとんど何も言うことはなく、むしろ私自身が学ばせてもらっており、この研修に共にいられる喜びを感じるものだった。

2日間、本当にびっしりの予定を熱心に過ごし、約束の打ち上げ会に途中まで参加させていただき、今帰路についているのである。
今回のブログは、関係ない方にとっては「なんだこれ!!」というものかもしれないが(いつもだとは言わないでください)、私にとって印象深い、また参加者の方や静岡県看護協会の方に本当に感謝の気持ちで一杯なので皆さんを称えたくて、また記録に残したくてこのようなブログを書くことにした。
どうぞお許しください。

参加してくださった29名の皆様、どうぞそれぞれの現場であなたらしくご活躍ください。
応援しています。

2014年09月20日

我が家の光景

posted by JIEL STAFF at 04:49 | Comment(0) | TrackBack(0) | 杉山 郁子
毎回悩むブログの日がまたやってきた。
今回は先日見た光景だけを書きたいと思う。

私の家のリビングの壁紙はほぼ白い。
夫と夕食を摂ろうとしていた時に、目前に小さな黒い点を見つけた。
汚れかなと思い夫が手を伸ばした。
そそっと黒い点が動いた。
蜘蛛だ。
まあそのままほっておこう。
するともう1つ黒い点が。
さっきのものより少し大きい。
こっちも蜘蛛だ。
夕食を摂りながら、この二つの点の動きに注目する。
小さい点の方が動きが速い。
少しすると両方の動きが止まった。
オッと互いの存在に気づいたな。
蜘蛛は争う?蜘蛛は蜘蛛を食べる?
上にいた大きい方の点が、今までより速い動きで下の黒い点に向かってサッと動く。
小さな点は糸を出しながら素早く下に向かって動いた。
大きい点の動きが止まった。
見失った?あきらめた?
小さい点が逃げ切ったか…
いや、また大きい点が動いた。
微妙な距離感だ。
小さな点はまた素早く壁紙からカウンターに置かれた小物置きにジャンプ。
大きな点はそのまま動きを止めた。
小さな点は動きの速度を落としながら小物置きの裏側に。
大きな点は所在なさげにほんの少し下に動く。
小さな点が再び現れた。
小物置きの端をうろうろ。
あっ、大きな点が小物置きに動いた。
小さな点はそれより少し早く見えなくなった。
二つの点が見えなくなった。
どうなる?
おっ、いたいた。
小さな点が近くのTVのケーブルの上を滑っている。
上に下にくるくるとケーブルに巻きつくように動いている。
楽しそうだな。
大きな点は現れない。
どこにいった?
小さな点は相変わらず少し休んだかと思うと、また上下にくるくると動いている。
「ご馳走さま」夕食が終わった。

2014年08月19日

若者大好き

posted by JIEL STAFF at 19:13 | Comment(0) | TrackBack(0) | 杉山 郁子
残暑が厳しいですね。
今年は雨の降り方が少々異常な感じがします。
皆さんの付近では被害など出ていませんか?

今回のブログも何を書こうか悩んでいます。
そして私の仕事のメリットを書いておこうと決めました。
メリットはいくつもあるのですが、その中の1つに若者と語り合うことができるということがあります。
大学や専門学校の授業、委託研修、Tグループなどなど。こういった出会いのチャンスの中で、何人かの若者とはじっくり話し合うチャンスに恵まれ、先生と生徒という関係を超えた付き合いになる人もいます。
こういう出会いは、私に多くのことを教えてくれますし、私に夢や希望をもたらしてくれます。
もっと身近なところでは、私が2人の息子にあまりうるさく言わずにいられたのも、こういった若者との関わりがあったからだと思っています。

所長のfacebookをご覧の方はご存知と思いますが、昨日・一昨日はJIELの夏合宿で伊勢に行ってきました。今年の夏合宿は新しく導入されたヤングフェローズの仲間と一緒でした。本人たちはヤング(?)と恐縮していますが、研究員からみたら充分(?)ヤングの皆さんです。
JIELのビジョンやどのように活動していくかを熱く語り合い、一緒にやっていこうという気持ちが高まりました。次の世代の人たちがTグループやラボラトリー方式の体験学習に関心をもってくれるのは、本当に嬉しいことです。そして彼らが学んでいける場や活躍できる場を提供していくのが、私たち少し先を歩んでいるものの使命なのだと改めて思いました。

老骨を鞭打って″は少し早いので熟年おばさんとして、もう暫くはできることを1つずつやっていきたいと思います。もし、「もういいわ!」という時が来ても頑張っていたら、優しく「もういいよ」と教えてくださいね。

2014年07月20日

大好きな季節

posted by JIEL STAFF at 00:56 | Comment(0) | TrackBack(0) | 杉山 郁子
私の好きな季節がやってきた。
梅雨が好きな訳でも、猛暑が好きな(夏は好きなのだが)訳でもない。
高校野球が好きなのである。

前にも何度か書いていると思うが、私の二人の息子は野球をずっとやっている。
野球が息子たちを育ててくれたと言っても過言ではないと思っている。
野球に打ち込んでいる息子たちから、私が教えられたこともたくさんあった。

そういう背景があるからかもしれないが、夏の大会が始まると気になって仕方がない。
もう殆ど知っている子もいないのに、新聞の参加校・選手一覧を見てしまう。
この期間は地方大会の結果の出ている県内版もしっかり見る。
携帯もすぐに高校野球の結果が速報で見られるようにしている。

この時期に高校生が汗をたっぷり掻いて、白球を追うことができる幸せを思う。
集団的自衛権だの北朝鮮のミサイル発射だの、
もっと遠いところではウクライナ、イスラエルの問題だのきな臭いことが多い。
世界情勢を語る気はないが、私の好きな季節が毎年必ずやってくることを願ってやまない。

若人よ いざ
まなじりは歓呼にこたえ いさぎよし
ほほえむ希望
ああ、栄冠は君に輝く
      「栄冠は君に輝く」より

2014年06月20日

私は外向

posted by JIEL STAFF at 02:25 | Comment(0) | TrackBack(0) | 杉山 郁子
少し前に大学院(南山大学大学院教育ファシリテーション専攻)の仲間から、「MBTIタイプ」について学ぶ機会があった。

MBTIはユングのタイプ論を基に考えられているそうだ。
ここでMBTIについて詳しく述べることはしないが、MBTIはいくつかのことをタイプに分けてそれを組み合わせて16のタイプに分けている。

その中に「内向」か「外向」かに分ける項目があるのだが、私はこの項目はとても明確に「外向」なのです。
「外向」というのは、「より人々やものごとといった自分の外の世界に興味関心を向ける」ということだそうだ。ちなみに「内向」は、「より自分の内的な考え、内なる世界に興味関心を向ける」ということだそうだ。

私はこの結果に、まさにその通りと合点した。
日頃から、時々自分でも言っているのだが、自分がどういう人であるかはどうでもいいと思っているのです。それよりも、そういう私がどうしているのか、どうしていきたいのか、何に影響を受けているのかに関心がある。

そんな体験をして数日後、とあるTV番組で人間関係の苦手な主役の男性がこんなセリフを言っていた。最初は「ユングは言っている。人は自分自身については暗闇の中にいるのも同然。」と。そして番組の最後では「ユングは言っている。人は自分自身については暗闇の中にいるのも同然。是には続きがある。だから自分を知るには他人の力が必要。」

2014年05月19日

タイミング

posted by JIEL STAFF at 23:45 | Comment(0) | TrackBack(0) | 杉山 郁子
私は所属しているいくつかの団体で、仲間と一緒に文献を読んでいる。
1人ではなかなか読み切れないような文献を、一緒に学びながら読めるのは本当に助かっている。

GWが明けた日曜日に研究会があって、その後に文献を読む機会が2度続いた。

研究会でコミュニケーションの整理に関する発言の仕方をめぐって1つの出来事があり、多くの人に色々な思いを残すことになった。私はその後、そのことについて同じ参加者の友人としっかり話すことができ、その中で自分の考えやトレーナーの介入について考える機会を得た。

その時に明確になったことが、偶然なのだがその後読んだ2冊の文献に書かれていて驚いた。
私にとっても大きな再確認になる気づきだったので、その後の文献に表現の仕方は違うが同じ観点のことが書かれていることが驚きでもあった。
本当にタイミングが良かった。

お陰で研究会での体験がスッキリした。
じっくりと正直に話をしてくれた友人と2冊の本に感謝である。
あっ、もちろん一緒に文献研究に参加してくれた仲間たちにもである。

2014年04月19日

感情表現と文化

posted by JIEL STAFF at 20:21 | Comment(0) | TrackBack(0) | 杉山 郁子
韓国の珍島沖で大型フェリーが沈没して、多くの方が亡くなったり行方不明になったりしている。
事故が起きたことも大変不幸なことだが、乗組員がいち早く逃げ出していたことに憤りを覚え、また事故時に船長業務をしていたのが、23歳の経験の少ない三等航海士であったことにも本当に驚いてしまった。今は少しでも多くの方が救助されるのを祈るばかりだ。

この報道を見ていて韓国の方の感情表現が、とても大きいことに気づく。同じアジア人であっても日本人の感情表現とは大きく違う。もちろん韓国人、日本人と括って考えるのもどうかとは思うが、よく目にする様子ということで、ここから書くことを許していただきたい。

韓国の文化には詳しくないので、なぜ感情表現が大きいのかは分からない。でも、日本人の感情表現が控えめなのは、日本の文化によるところが大きいように思う。日本では「人前で泣いてはいけない」「顔で笑って心で泣いて」など、感情表現を控えることを伝える言い方は多い。武道の中にはガッツポーズをしてはいけないというルールがあるものもある。こういう風習が子どもの頃からの経験の中で、感情はあからさまに出してはいけないという考えを育てていくのだと思う。感情をグッと抑えている姿を美しいと思うことさえある。

感情表現には「恥」が大きく影響しているように思う。日本人にはあからさまにすることに対して「恥ずかしいことだ」と思いが強いように思う。感情のみでなく何に対してもである。「控えめ」が大好きなのだ。全て見せてはいけない。全て見せなくても相手が察してくれる。これが日本人の考え方の基本にあるように思う。今では欧米で、こういった日本人特有の文化を賞賛されることも多いと聞く。ちょっと嬉しい。

私自身は控えめなタイプではないので、日本古来の美しい日本人ではないかもしれない。それでも韓国の方たちを見て自分とは違うと感じるのは、やはり日本人の端くれにいるのであろう。日本人として日本文化を大事にしながら、素直な感情表現ができる人でありたいと思っている。

大切な人を思う気持ちは万国共通だろう。今回の事故においても、1人でも多くの方が救出され、被災者や関係者が大きな喜びの表現が見られることを心から願っている。

2014年03月19日

宮本武蔵?

posted by JIEL STAFF at 21:22 | Comment(0) | TrackBack(0) | 杉山 郁子
先日テレビで木村拓哉主演の「宮本武蔵」を見た。
私にとって内容はイマイチって感じだったけど、最後のほうで西田敏行が言った言葉が印象に残った。「克服したんですか?」と言う問いに「克服なんてできない。白でも黒でもない灰色に留まることが大切なんだ」という言葉です。つい最近のことなので見られた方の中には、「少しセリフが違うんじゃない」という方もいらっしゃるかもしれませんがお許しください。

私は若いころ白黒つけるのが大好きでした。特に好んでいるという意識があるわけではなかったのですが、はっきりとした性格だったのでそれが当たり前でした。ぐずぐずといつまでも悩んでいるのは苦手で、「まあこれでいいか!!」と、どこかでいろいろなものを切り捨てていたのだと思います。子どもができて自分ではどうすることもできないことがたくさん起こってきて、白黒つけたくてもできないことがあるようになりました。そしてやっと気づいたのです。灰色に留まることから得られるものが多いことを。

白黒決めればひとまず終わりにできます。でも、灰色に留まっていることは、その中にいつまでも居続けるということです。どんなにそれがスッキリしないことであっても、そこにいれば変化にも気づけるし、そこにいる人と一緒に何かをすることもできます。

私が人と関係をもつ時に大きなテーマとしていることの1つに「共にあること」ということがあります。灰色に留まることこそ「共にあること」なのかもしれないと思うのです。

先回、先々回で、岡田さんと水野さんがアサーションについて書いてくれています。私もアサーション繋がりで、この灰色に留まることを考えてみたいと思います。私は灰色に留まることは、ある意味アサーティブなことだと思います。アサーションとは主張するということですから、白は白、黒は黒とはっきり主張することとも考えられますが、私はアサーションにはやりとりをすることが不可欠だと思うのです。灰色ゾーンにいて「白かもしれない黒かもしれない」とやりとりをしていくことがアサーティブだと思うのです。白ゾーンから白を声高に主張すればアグレッシブ、黒ゾーンですでに黒にいるからと何も言わないのがノンアサーティブではないでしょうか。

私は比較的アサーティブな人だと勝手に思っているのですが、こう書いていて自信がなくなってきました。というのは、私は灰色ゾーンにいるということを人に伝えるのが苦手だからです。よく人に白と決めているだろうと思われてしまったりすることもあります。ということは、きちんと相手に自分のことが伝えられていないということで、ひょっとしたらアサーティブではないのかと思うのです。

私がアサーティブな人であるかどうかは別としても、灰色に留まることには大きな意味がありそうです。宮本武蔵は剣の道を究めることで、自分自身をも見つめていった人だと聞きます。その人生に影響を与えた一言である「灰色に留まること」を私もしばらく考えていきたい。

2014年02月20日

応援大好き

posted by JIEL STAFF at 12:09 | Comment(0) | TrackBack(0) | 杉山 郁子
今は冬季オリンピック真っ最中です。
最初は日本にメダルが取れるのか?と思う状態でしたが、その後日本代表の選手たちが頑張っていくつかのメダルを獲得し、感動を与えてくれています。
私はオリンピックが大好きなので、睡眠不足になりながらTVの前で応援を繰り返しています。

4年に一度のワンチャンスに賭ける選手たちの思いはどのようなものなのでしょう。
私など特別な運動能力を持っていない、というか自分の運動能力を最大限活かす努力をしたこともない人間には想像もつきません。
選手たちは、自分の生活のほとんどをワンチャンスに向けて過ごしているのは言うまでもなく、注目されれば常に日本の期待を背負って試合に臨み、またその結果をいろいろ言われてしまっています。
時には「ほっといてくれ!!」と叫びたいような時もあるでしょう。
その一方で、みんなの期待があるから頑張れるということもあるのかもしれません。
様々な思いを受けとめた上で、選手たちは日本の期待を背負って、持てる力を精一杯使って表現してくれます。

競技をすることは、選手自身にとっても自己実現なのだと思います。
誰かのためにやっているいるわけじゃないと言う選手も多いと思います。
でもそういった選手の全てが結果を出した後に「皆さんに感謝しています」と言います。
自分自身が最大限頑張った後のこの嘘とは思えないこの言葉を、私は大切に受け止めたいと思います。
何一つ努力をしないで、ほんのちょっとの睡眠不足で、私がこんなに心を動かすことができることを感謝します。

私は応援することが好きです。
大好きな応援が相手の負担にならないことを祈りつつ、今日もオリンピックの観戦をします。
TVの前でムキになって「走れ!飛べ!頑張れ!」と心で叫びながら…

2014年01月20日

親ごころ

posted by JIEL STAFF at 03:37 | Comment(0) | TrackBack(0) | 杉山 郁子
今晩、1人暮らしをしている息子が夕食を食べに来た。
「いる?」というメールがくると、「面倒だな」という気持ちも起こるが、それ以上に何となく嬉しい。息子の予定に合わせようと思い、何を食べさせようかと考える。

息子は今ダイエット中で、私も必要だと思っている。でも、息子が来るとなると、彼が好きだからと色々食べ物を用意し、挙句の果てには何かしら好物を持たせてしまう。口では「食べるな!痩せろ!」と言っているのにである。

今回は、自動車保険の更新の相談もあった。今年からは息子の車は全て彼が維持することになっていて、社会人2年目ともなればそれが当たり前だと思っている。しかし、すぐに車検があり保険料が一括で支払えないなどと聞くと、分割にして余計なお金を使うなら私が貸してやろうかなどと考えてしまう。日頃は「しっかりしなさい」「いつまで親を頼っている」と言っているのにである。もちろん息子は保険契約を分割でした。

こういうことを“親ごころ”というのであろうか。私の両親も、私が行くことを心待ちにしています。どんなに文句を言われても、ご馳走をさせられてもである。そして訪問した最後には、「またゆっくり来てね」という。娘の立場だと「何で?」と思うが、親としては自分も同じことをしているように思う。そして損得勘定で言ったら、親ほど損な者はないと思う。

親というものは、死ぬまで子供のことを気にかけて、できることは全てやってやりたいと思って生きていくのでしょうね。そして、それがきっと喜びなのです。

2013年12月20日

今年をふり返って

posted by JIEL STAFF at 01:58 | Comment(0) | TrackBack(0) | 杉山 郁子
今年もあと残すところ10日ほどになりました。
私の授業もあと1日。
その後は打ち合わせやミーティングの予定が手帳に並んでいます。
ああそうだ、レポートも読まなくちゃ。

この頃になると、今年1年をふりかえって10大ニュースだとか
今年を表わす○○だとか、今年のベスト○○賞だとかが発表されます。
ざくっと1年をふりかえるのには良い方法なのかもしれません。
例えば今年の漢字は「輪」でした。確かに流行語大賞の「お・も・て・な・し」には一致しています。
あなたはこの決定、ピンときますか?

私は実習を実施した時になどに、ふりかえり用紙を書く際に「具体的に書いてください」と言います。
抽象的では次の試みに繋がりにくく、体験学習の循環過程を回しにくいと考えているからです。

「抽象の階段」という考え方があります。言うまでもなく、抽象度を上げたり下げたりすることで、どのような考え方や表現ができるかを整理していくのに役に立つものです。
簡単にいえば、抽象度を下げれば具体的になり、個々のことに取り組みやすくなります。抽象度を上げれば物事を大きくとらえることができ、何かのきっかけが得られるかもしれません。
時と場合に合わせて、抽象の階段を上がったり下がったりすることが必要なのです。

このように考えてくると、私にも「輪」は意味あるものに思えます。
2013年の残された数日を、今年を表わす漢字「輪」をきっかけに、来年の私に繋がっていくことを、抽象の階段を下りて考えたいと思っています。

2013年11月20日

日本の四季

posted by JIEL STAFF at 21:58 | Comment(0) | TrackBack(0) | 杉山 郁子
日本の特徴の1つに四季があると、小学校の時に習った気がする。
もしかしたら学校で学習したのではなく、その頃に自覚したのかもしれない。
日本は四季があることで自然を豊かに感じられていいなぁと、その頃から思っていた。

ところが…

近年はこの四季の、一番過ごしやすい季節である春と秋が本当に短くなった。
3月はいつまでも寒かったのに4月は早くから暑くなる。
10月はいつまでも暑く、11月は急に寒くなる。
長袖のブラウス1枚で気持ちよく過ごせる時期がない。
いつまでも寒かったのに急に暖かくなっていくら花が綺麗に咲いても、急な冷え込みで葉が一斉に色づき紅葉が綺麗でも、外でのんびり過ごしてそれを感じる心地良い日が少ない。
20年くらい前は気持ちの良い日がもっとあって、子どもを公園で遊ばせていても気にならない時間が過ごせたように思う。

日本はどうなったんだー!!
雨の降り方だってスコールのようだったり、台風も多い。
竜巻だって起きる。

“地球で何が起きているか”なんて難しいことは言わないが、案外忙しい私が、布団の入れ替えに慌てるようなことのないように、春と秋に頑張ってもらいたい。
来年の春は心地良い日差しの下で、ゆっくり花見ができるように、神様よろしくお願いします。

2013年10月20日

忘れられない味

posted by JIEL STAFF at 02:49 | Comment(0) | TrackBack(0) | 杉山 郁子
今年は10月になって台風の襲来が続いています。
残念なことにあちこちで被害が出ています。
被害を受けた皆様には、心よりお見舞いを申し上げます。

最近仕事で敦賀に行かせていただきました。
敦賀は私が子どもの頃、父が仕事で行くことがあり、また、そちらの人がいらっしゃることが多かったので、お土産の思い出があります。それは小鯛の笹漬けとかまぼこです。今回訪れた時に小鯛の笹漬けをいただいてきました。久しぶりのその味はとても懐かしいものでした。

そういえば、私には子どもの頃によく食べたもので、時々食べたくなるものがいくつかあります。今も足を運んで食べに行くこともありますが、中には食べられなくなったものもあります。大須のお好み焼き屋さんのお好み焼き。これは食べられなくなったものの代表です。私が子どもの頃にかなりのおばあちゃん(子どもの私には、そう見えただけかも…)だったので、もうかなり前にお店を閉じられてしまったのです。食べられないとなると本当に食べたくなります。皆にも食べてもらいたかったなぁと思います。あなたにも、そういうものがありませんか?

今月末に、もう一度敦賀に行きます。その時には、かまぼこ(確か小牧という会社のだったと思います)を買って帰ろうと思っています。また、懐かしい味に触れられるかなぁ

2013年09月19日

私もなりたい

posted by JIEL STAFF at 12:42 | Comment(0) | TrackBack(0) | 杉山 郁子
朝起きて、今日はブログを書かねばと思い、最近多い自然災害のことを書こうと思って考えていた。そう思いながら何気なく朝のテレビを見ていたら、笑福亭鶴瓶師匠に密着している番組が目に入ってきた。私は学生時代落語研究会に所属していて、落語家は嫌いじゃない。その中でも鶴瓶師匠はテレビに出ることも多く、誰にでも馴染みの深い落語家さんだ。ちょっと関心をもって見てみた。

鶴瓶師匠は人懐っこい笑顔の持ち主であり、飾らない自由な雰囲気をもった人だと私は思っている。見ていた映像でも出会う人に声をかけたり、かけられたりしていた。インタビュアーも「本当によく声をかけられますね。」と言っていたし、自分でも「日本一声をかけられる芸人」と話していた。「お金くずしてください」と言われたこともあるそうだ。彼の風貌は人を緊張させないものを持っているのかもしれない。そして彼自身が人と関わりたいと強く思っているようだ。ひきこもりをしているという人から「私のようなものに電話なんてしてくれませんよね」という手紙がきたら電話をし「会いにこいやー」と言い、100まで生きたいという彼の言葉を聞いて、「自分は病気で寝たきりで天井ばかりを見ていて、そんな気には全くなれない」いう手紙を受け取ったら、スイカを持って出向いて行く。手紙の主は遊びに行っていておらず、手紙の内容は偽りだったと分かっても腹を立てることはないそうだ。「渡しといてくれやー」と言って帰ってきたと、当たり前のことのように話していた。この性格はお父さん譲りらしい。

私もこんな風になりたいなぁと思う。彼は見ていて楽しそうだし、自分のしたいことを自然にしている感じがする。そして周りの人をも自由にさせてくれている。鶴瓶師匠の周りにいる人は、笑っている人が多い。時には常識外れでトラブルを引き起こすこともあり、一時は自粛を余儀なくされてることもあった。しかし、それでも必ず戻ってきてこれだけ出演番組があるということは、多くの人に愛されているのだと思う。私の母は彼が色々な街に訪ねていくいく番組が大好きで、毎週必ず見ているようだし、私も彼のトーク番組が好きで毎週見ている。本当に羨ましい存在である。

自分も周りの人も自由にする。すごいファシリテーション能力だと思う。私も周囲からは、かなりの自由人だと思われている。確かに、自分の気持ちに正直に動こうとしている。誰にも率直に話してもらいたいと思うので、私も率直にものを言う。でも、なぜか固い。人に笑ってもらうことは大好きなので、冗談を言ったり失敗談を話したり時折笑いを取るのだが、鶴瓶師匠の周りにあるような雰囲気はなかなか作れない。きっと私の中に“こうして欲しい”という思いがあり、それが伝わっていくのだろうなぁと思う。相手の“あるがまま”を受け容れるということは本当に難しい。

落語の修業は全くダメなまま落研部員を卒業したが、こちらの修業はまだまだずっと続けていきたい。今日は中秋の名月で何年かに1度の満月だという。今晩は、月に向かって「いつか私自身が鶴瓶師匠に似ていると思えるようになるまで頑張ります」と誓うことにする。